読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

なせば大抵なんとかなる

日々の中で考えたことをだらだらと書き記すブログです。

ブログと羞恥心とエネルギー

雑記

 今日は初めて友人にこのブログを見てもらったのだが、発生すると思っていた羞恥心がかけらも発生しなくて驚いた。私は意外と、羞恥心がないのかもしれない。

 なぜ羞恥心が発生すると思い込んでいたかといえば、ブログは己の内面をさらけ出す側面も持っているからだ。自分の裸を見られるというのは、誰だって恥ずかしいものだ……と思う。(昨今のAV女優男優の爆増とかを考えると、そうでもないのかもしれない)しかし、今回は羞恥心が発生しなかった。

 私のブログなんかを読んでくれてありがとう!という気持ちのほうが強かった。ブログは、書くのも読むのもエネルギーが必要なのだ。時間を割いて、その人の記事を読む時間をかけて、記事を書く。大変な労力だ。それを考えると、読んでくれてありがとうという気持ちが沸き起こるのだ。

 ツイッターをブログ的に使っている人もいるかもしれない。が、私の経験から言うと、ツイッターはあまり労力を要しない。感情を吐き出す場としての機能が強いと思う。フォローさえすれば、勝手に情報が流れてくるし、文字数制限はその短さから感情を爆発させるのに最適だ。だから炎上騒動が頻繁に起こる。チャットのようにクソリプ合戦も行われる。気に入らなければミュート、ブロックだ。

 ブログは、読むために、ブラウザやアプリを開く→記事を選ぶ→読むという作業が必要だ。ツイッターの、アプリを開く→タイムラインを眺める、より1プロセス加えなければならない。その1プロセスにどれだけの労力を使うのだろう。書くためにも、読み手を想像して、わかりやすいような文章を心掛けなければならない。(……と思う。)

 ネットにおける1プロセスのエネルギーは、膨大だ。youtubeの評価ボタンや、概要欄を普段どれだけ読んでいるか。ニコニコ動画でランキングを眺めて、どれだけの動画を見るか。ツイッターでリンクを踏むか。などなど。あとは思いつかない。

 ネットに限った話ではないのかもしれない。少しでも興味を持ったモノに対して、情報を受け取るだけでなく自分からどれだけのアクションを起こすのか。そのプラス1アクションにかかるエネルギーを出すことは、かなり難しいのである。